今回は、手作りカヌーで、沖縄の西表島一周の旅に出かけた際の実況、第2話です。
不運というものは、一つ一つは大したこと無くても、まとめてやってくると、対処が難しいです‥。
以下、長文となります。
前回のまとめ‥
天候不良で旅程が伸び、ついには食料が切れかけた状況下。
熱帯低気圧が停滞している中、飢えるか冒険するかの判断を誤った僕は、シーカヤックで荒海に漕ぎ出してしまった。 ‥というのが話の始まり。
→
僕が海で死にかけた話。‥with手作りシーカヤック(その1)
場所は西表島。
何時間か漕いて、ゴールの海岸まで、あと500メートルまで近づいた僕は、状況判断を誤り、不意に転覆してしまいました。
というのが、前回までの抜粋です。
ちなみに、その時の僕は、西表島一周の戦利品として、珍しい「ガラスの浮き球」を、数十個もゲットしていました。
中でも、特大サイズの3つは、コックピットに入れて運んでました。(荷物室はいっぱいだったので‥)
海が荒れていたため、スプレーカバー(コックピットに海水が入らないためのカバー)をしており、ガラス玉はその中の、足の間に仕舞っていたのです‥。
写真:自作のチャック式のスプレーカバー。
付け加えておくと、転覆時、ライフジャケットは、付けていませんでした。
旅程の後半、急に海が荒れたある晩に、流されて無くなってしまったんです。(その夜はカヌーも流され、500m程離れた岩場で発見・回収しました。そんな話も、いずれ‥)
重なるアクシデント。(てか、重なりすぎだろ!)
リーフの切れ間から溢れ出す離岸流(リップカレント)で転覆し、はるか沖合いまで流されていく僕を、更なる不運が襲います。
まず、転覆のショックでカヌーを漕ぐパドルが、真ん中のジョイント部分から外れて、左右に別れてしまいました。
頭上の海底に向かって沈んでいく片方のパドルに、必死に手を伸ばしましたが、届きません。(海中で僕は、完全に真っ逆さまの状態)
写真:自作のパドル。水中でも目立つ黄色に塗ってありました。
しばらくもがいた結果、半分になった片側のパドルだけでは、転覆状態から起き上がれない事が分かったので、船からの脱出を試みました。
ベルクロ式で作ればよかった‥。 焦りながら自作スプレーカバーのチャックを外すと、海水がカヌーの中に入ってきます(ここでも、数秒のロス‥)。
そして、出ようとすると、足の間のガラスの浮き玉が、とにかく邪魔!
猿とヒョウタンの話ではないけど、狭いコックピットの中の複数の浮き球に引っかかり、足が曲げられず、抜け出せないのです!
‥ここまで、ずっと息は止めたまま。 肺の空気はどんどん尽きていきます。
大切な浮き球を海に捨て、何とか船内から脱出に成功!
海上に顔を出し、ギリギリで、わずかな空気を吸ったのも束の間。
重ねるように、更にトラブルは続きます。
あぁ、そういう事なんだね‥
脱出したあと、カヌーの上に這い上がろうとした僕に、次のアクシデントがやって来ました
カヌーに掴まり、身体を引き上げようとすると、船体がぐるぐると回ってしまいました。
すると同時に、なぜか足が持ち上がっていきます。
?? なんと、船体に舫いであったロープの束がほつれ、そこに足が入ってしまった、ようなのです。
僕の身体は船に巻き取られ、突然、泳ぐ自由を奪われました。
ヤ・バ・い‥。
三角波の中で身体が沈み、息ができません!
悪いことって、最悪のタイミングで、重なるんだ‥。
きっと、こういう時‥。 意外と簡単に人は死ぬんだろうな。 ふと、そう悟りました。
半分のパドルで‥
船から離れたら、助からない。
分かっていたけど、いったん水に潜り、足からロープを外します。
外したロープを手繰ってカヌーに戻り、裏返った船体を起します。
何度か滑り落ちながら、再びコックピットに乗り込む事に成功。
この間、右手に持っていたパドルは、ずっと握りしめたままでした。
(つまり左手だけで船から離れ、水に潜って行ったわけです。 汗!)
‥そして、気が付くと、予備のパドルが、見当たりません。
確かに、船体に積んであったはずなのに、ちゃんと縛って無かったため、どこかに消えていました。
なんてこった‥。
わずか数分の間に、トラブルがこんなに集中するなんて‥。
漕げずに、不安定なカヌーの中でバランスをとりながら、船内の海水を汲み出しつつ、考えます。
片側だけのパドルで、これまでの数時間の行程を再び引き返すのは、おそらく不可能。
かと言って、さっき転覆したリップカレントに再チャレンジする気力は、もう有りません。
となると、近くの港を目指すのが最良に思えました。
西表島の玄関口。整備された大原港まで行けば、きっと安全に違いない。
しかし、これも判断ミスだったのです。
巨大な水の壁
沖合まで流された心細さから、なるべくリーフに近づき、パドル一本で精一杯漕ぎながら、先を目指します。
僕のシーカヤックは、友人に溶接してもらったステンレスのラダー(舵)が付いていたので、片側だけのパドルで漕いでも、まっすぐに進むことは可能でした。
そうして進むうち、なんだかおかしな事に気が付きます。
波が異様に高いのです。
ラジオで、波の高さ6メートルとか聞いてましたが、どう見ても倍は有ります。
もしかして、0メートルを基準に、上に6メートル、下に6メートルとか‥?
って、合計12メートルじゃん!
実際、3~4階くらいある高さのウネリに押し上げられると、向こうのウネリの波高まで、25mプールの長さ以上あります。波の底に落ち込むと、空が狭く感じます。
明らかに、巨大波の海域に、迷い込んでしまいました。
しかも、リーフの外側を迂回しているうちに、いつしか、時々見える陸地が、どんどん遠ざかってしまいました‥。
ヘタをすると潮に流され、西表島はおろか、石垣島にも辿り付けないのではないか。
そんな不安が心をよぎります。
大きな地図で見る
もう、どうしたらいいのか‥、海の中で一人、僕は途方に暮れてしまいました。
後から聞きましたが、南風見岬の沖は、南風の吹く時は地元の漁師は近寄らないそうです。海底の地形の影響で、大波が立つ場所なのだとか‥。
終わりは突然に‥
それでも僕が前へ漕ぎ進められたのは、自作のシーカヤックへの、絶対的な信頼感が有ったからです。
初めての船なので、そうとう頑丈に作っています。これが沈んだり壊れる可能性は、考えられません。
一緒にいれば、大丈夫! それだけが、心の支えでした。
しかし突然、それは起きました。
今まで、遠くで聞こえていた波の砕ける音が、背後から迫ってきたのです。
シャーッ!
振り返ると、あの巨大なウネリが、僕にかぶさるようにブレイクを初めています。
巻き込まれる!
気づかない間に、岸に寄りすぎていた。
でも、片側だけのパドルで、どうしたら良かったのか‥
後悔とも付かない気持ちがよぎる中、スローモーションで水のかたまりが落ちてきました。
沈む。と、いうこと‥
真っ白な泡の中、僕の身体は横倒しになり、そして逆さまに沈んでいきました。
「大丈夫! この船は不沈艦だから! 」 ‥頼みの綱の、カヌーに祈ります。
でも、願いに反して、水底に向かっていく船体。 ‥なぜ!?
水中でもみくちゃにされ、手の平から、最後のバドルが抜け出て行くのが分かりました。
空気の泡が混ざった水の中では、浮力が発生せず、固形物は沈んでしまうと聞いたことがあります。
あの時、リアルに感じた下降感は、泡のせいだったのか、大波の動きのせいなのか‥。
この時の僕は「まだ生きてる! 」「まだ大丈夫‥」。
そう、心の中で繰り返し続けるのが、やっとでした。
やがて泡が途切れ、うっすらと海底が見え始めます。
無事な自分を認識しましたが、僕らは浮く気配がありません。
と、濁った水中から、ギザギザした海底のサンゴの岩礁が現れ、前から迫ってきました。
とっさに、カヌーから脱出(今度は、すぐに抜けだせました)。
怪我をするか、割れ目に足を挟まれて、動けなくなるか‥。
恐怖を前に、それでも衝撃に備えます。
生還!
その瞬間は、直前まで続いた不運とは対象的に、まさにラッキーでした。
珊瑚礁の不安定な海底の地形と、海流の中。
マリンブーツを履いた僕の足は、偶然、左右とも固い岩を捉えていました。 (サンゴを踏まないくらい、深かったです)
しゃがんで踏ん張ってから、バランスを崩さず伸び上がる事に成功。
カヌーも、海底にぶつかって、向きが変わってくれました。
しかし、水没したカヌーの動きは重く、なかなか浮上してくれません。
息が続きそうにありませんが、命綱であるカヌーを、手放すわけにはいかないのです。
こらえていると、やがて海面が近づいて来ました。
やっと水面に顔を出した後、再び何度か砕ける波に巻かれました。
同時に、波によって陸側へどんどん運ばれて行きます。
海が極端に浅くなっていることが分かったので、できるだけ足を縮めます。
もはや、カヌーにしがみついているのが、精一杯。
そして‥。
ふと気が付くと、静かで暖かな場所にいました。
リーフの内側の海域に入ったのです。
旅の終わり
リーフの中は、まるで天国のように温い海水と、静かな水面でした。
あまり、助かったという実感は有りません‥。
なんていうか、心が疲弊しきって、何も考えられない状態。
もはやバドルが無いので、柄杓代わりの「ハイター」を斜めに切った容器で水を掻いて、陸を目指します。
そこから、砂浜まで、数十分。 いろいろ、後悔の道のりでした。
浜に着いた後、林の中にカヌーを隠し、徒歩でベースキャンプへ‥。
もう、海に出たく無い。
その時の正直な気持ちです。
結局、カヌーを回収しに行ったのは、それから一週間後でした。
そして、その間ずっと熱帯低気圧は停滞を続け、海は長い間、荒れ続けていました。
あの時、鹿川湾に戻っても、もしかするとダメだったかもしれません。
メッセージ
アクシデントとは、
最悪のタイミングで、重ねるべくして 重なってやって来るようです。
あと一つ、不運が続いていたなら、僕は還って来れなかった。‥かも知れません。
あの時、ロープが船と繋がってなかったら‥。
あるいは、パドルを両方とも手放してしまってたり、何かに引っ掛けて、身体のどこかを切ってしまっていたら‥。 もしくは、海底に打ち付けられ、カヌーと離れてしまったとしたら‥。
さて‥。
これを読んだ人は、けっして熱帯低気圧の海にカヌーで出て行かないでしょうし、浮き球をコックピットに入れる事も(笑)しないでしょう。
そして、ロープや予備パドルはしっかりと船体に縛るように心がけ、パドルのジョイントが緩くなってないか、予備の食料や水はあるか、出航前に確かめて頂ければ、幸いです。
繰り返します。
最悪の状態の時に、さらに悪いことが重ならないよう、船や装備の状態は常にベストに、荷物もトラブルが起きないよう、しっかりと確認してから海に出てください。
という訳で、僕が死にかけた、ドジなお話でした。
PS:
今回は、危険提唱の意味で、当時の状況を、詳細にレポートしてみました。
‥もし、「俺のほうがもっと死にかけたぜ! 」なんて人がいたら、ぜひ体験談を送ってください。
僕のブログで紹介します。
あるいは、誰か仲間に話して下さい。
素敵な海での事故は、出来る限り、起きてほしくは無いものです‥。